何もない空間
1973年、東京の有楽町にある日生劇場で、世界的な演出家ピーターブルックの演出作品「夏の夜の夢」が上演されることを知り、桐朋学園で演劇を学び始めたばかりの20歳の僕は、期待に胸を膨らまして劇場に足を踏み入れました。ピーターブルックは世界中の演劇人が手にした名著「何もない空間」の著者でもあり、そこには読者をワクワクさせる名言が散りばめられています。中でも刺激的なのは冒頭のこんな言葉です。「どこでもいい、何もない空間、それを指して私は裸の舞台と呼ぼう。ひとりの人間が、この何もない空間を歩いて横切る、もうひとりの人間がそれを見つめる。演劇行為が成り立つためには、これだけで足りるはずだ。」この言葉に呼応するように、日生劇場の舞台空間は、真っ白なパネルが上手・下手・センターに立てかけられているだけのシンプルな舞台でした。まさに「シンプル イズ ベスト」です。そしてその空間に登場してくるイギリスの俳優たちの見事な演技力に目を瞠りました。終演後に劇場を出た僕は興奮が冷めやらず、皇居のまわりをもの凄い速さでひたすら歩き続けていたのを、今でも覚えています。