今回は声にまつわるお話をします。僕がヴォイストレーニングを専門家の先生方から学び始めたのは18歳の頃でした。それからあっという間に半世紀が経ってしまいました。最初は、なかなか声が思うように出ずに苦しんだこともありましたが、劇的に声が変化し始めたのが、ロシアの作曲家ストラビンスキーの「兵士の物語」という音楽劇で、悪魔の役を演じてからでした。響き渡る低音の声で悪魔を演じようと、力めば力むほど声はしゃがれるばかりで存在感など全くないありさま。本番が近続くにつれて、気持ちは沈んでいきますが、後戻りも出来ません。そこで思い切って髭だけを残して、髪の毛を全部剃ってスキンヘアーにしようと決心しました。床屋の親父さんは剃る時に「ほんと、いいんですか?」とこわごわ聞いて来ましたが、僕はきっぱりと「剃ってください!」。今でも覚えているやりとりです。さて、スキンヘッドになって何が変わったかと言いますと、立ち方です。それまでは落ち込んで猫背になっていた身体が劇的に変化したのです。山手線に乗り込もうとすると、周りの人が僕を怖がって避けて通るのに気がつきました。まるで自分の身体が倍の大きさになった痛快な気分です。そして稽古場に着くと、共演者も僕にびっくり。下半身が安定して、上半身の無駄な力が抜けた時、今まで出たことのない低音の響きが鳴り始めたのです。声にとって、身体の開放がいかに大切かを学べた楽しい体験でした。